東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)94号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実並びに本件考案の要旨及び第一引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 取消事由(1)について
(一) 成立に争いのない甲第二号証によると、本件明細書の考案の詳細な説明の項には、まず、その冒頭に、「本考案は複数台の電話機を室内配線するのに用いる電話機配線用コネクタの着磁取付具に関する。」(同号証一欄二五・二六行)として、本件考案の対象とするところを明らかにし、次に、この種電話機配線用コネクタの取付装置の従来例として、本件明細書添付図面(別紙第一図面)第1図A図に示す「配線用コネクタ1をベース2にビス等で取付け、該ベース2の背面に感圧接着性の両面接着テープ3を複数条貼り付けておき、取付け時にその両面剥離紙3′をはがしてスチール机側面に取付け」るもの(同一欄三〇ないし三四行、以下、「従来例A」という。)と、同図面第1図B図に示す「ベース2にマグネツト4をビス止や単なる接着剤を介して取付けて置き、着磁取付け」るもの(同一欄三五ないし三七行、以下、「従来例B」という。)を挙げて、従来例A、Bとも専用の取付ベースを必要とするためコスト高、嵩高となり美感を損う欠点があること、従来例Aは接着テープの接着力の強度の維持に困難であり、また取付面を汚損する欠点があること、従来例Bは「上記汚損等の欠点はないが、単なる接着剤でベース2に取付けた場合、劣化等により剥離を生じ易く、マグネツト又はコネクタの脱落を生ずる恐れがある。何れにしてもマグネツトとベースの厚みが加わるので嵩高となる欠点を解消できない。」(同二欄一〇ないし一六行)短所があることを指摘し、ついで本件考案につき、一本考案は上記配線用コネクタの取付けに際し、上記マグネツト着磁取付式を採用するものであるが、従来の取付具と異なり、上記配線用コネクタ取付けに際し専用取付ベースを用いず、これを直付けにて着磁取付する取付具に係り、弾性両面接着シートを取付座として配線用コネクタの良好な着磁取付けを図ると共に、上記マグネツトとヨークの一体複合に際しての位置確保と着磁力強化を図るものである。」(同二欄一七ないし二六行)と説明していることが認められる。そして、前掲甲第二号証によれば、前示本件明細書添付図面(別紙第一図面)第1図B図には、コ形のヨーク内に板状マグネツト4を抱き合せて両者を一体複合構造とし、これを取付ベース2に取付けた電話器配線用コネクタの着磁取付具が記載されていることが認められる。
(二) 右の記載と前示当事者間に争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案は、従来例Bに示されるマグネツト着磁取付式の取付具の改良に係るものであつて、「上記マグネツトとヨークの一体複合に際しての位置確保と着磁力強化を図る」(前示引用箇所参照)ために、前示実用新案登録請求の範囲に示す「コ形のヨーク内に板状マグネツトを抱き合せ、両者を非磁性体から成るハトメ、鋲、ビス等で一体複合構造となし、両者の密着面で突起と溝又は穴を雌雄係合させてヨークに対するマグネツトの位置決を図る構成とすると共に、該位置決によりマグネツトとヨーク立上げ部との間に間隙を形成し」との構成(この構成を、以下「本件考案の構成(一)」という。)を採用し、また、「取付ベースを用いず、……弾性両面接着シートを取付座として配線用コネクタの良好な着磁取付けを図る」(前示引用箇所参照)ため、前示実用新案登録請求の範囲に示す「上記ヨーク背面に弾力性を有する両面接着シートを貼り付け」との構成(この構成を、以下「本件考案の構成(二)」という。)を採用した二点に特色を有するものであることが明らかである。
(三) 右認定の事実に照らせば、審決が前示当事者間に争いのない審決の理由の要点3において本件考案の眼目とする点として挙げた二点は、右認定の二点の特色を要約摘示するものであつて、原告が主張するような本件考案の必須構成要件を消去したものでないことは明らかである。審決が消去した旨原告の主張する本件考案の要件三点については、周知慣用の技術を前提にすれば審決が実質的に判断していると見られることは後述のとおりであり、審決に原告主張の審理不尽は認められない。
原告の取消事由(1)の主張は採用できない。
2 取消事由(2)について
(一) 第一引用例に審決がその理由の要点2に示す磁石が記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第三号証によると、第一引用例には、「強磁性金属で形成した有底容器1内にフエライト磁石2を所定の周面空隙3を存して挿入しこのフエライト磁石2を有底容器1の底面4に固着せしめて成る磁石の構造」(甲第三号証登録請求の範囲、別紙第二図面参照)が示され、この有底容器の立上げ部と磁石との間に所定の間隙を設けた技術的意義につき、「磁極の方向、磁力線は第3図に示すようになり吸引力が数等倍強大となる利点があり、而も全体的に小容積で磁性が強大であるので設置場所に大なるスペースを占めることなく、又安価である。従つて各種の物品の吸着保持に利用価値大である。又周面空隙3が無いとN極とS極とが互に接触して短絡を起し磁力線の増大とはならない。」(同号証右欄一〇ないし一六行)と述べ、また、フエライト磁石2を有底容器1の中心に位置させ所定の周面空隙3を形成する手段として、「底面4の中心に突起5を形成しフエライト磁石2の下面中心に凹部6を形成しフエライト磁石2を有底容器1に挿入するとき中心凹部6を突起5に嵌合固着する」(同左欄一三ないし一六行)ことが記載されており、その図面(別紙第二図面)第1図には右構成の磁石の縦断面図として、断面コ形の有底容器1内に所定の空隙3を設けて断面長方形状の磁石2を両者の密着面で突起5と凹部6とを雌雄係合させたものが示され、同図面第3図には、右縦断面部において、空隙3により磁石の表面と有底容器の立上げ部との間に磁力線を集中させ他極の持つ吸引力をも利用することができる旨が図示されていることが認められる。
第一引用例の右記載と各種の物品の吸着保持に利用される磁石の形状は円形のものに限られず板状のものも普通に見られることに照らせば、第一引用例の右円板状磁石に代えて板状磁石を用いること及びその場合有底容器をコ形ヨークとすれば同じ効果が得られることは当業者にとつて自明のことがらと認められる。
原告は、第一引用例の有底円筒形磁石複合体と本件考案の磁石複合体とは磁束の集中密度において差がある旨主張するが、その差異は磁石の形状とこれに適するヨークを採用するについて必然的に生ずる差異であつて、当業者にとつて当然に予測される範囲の差異にすぎない。
したがつて、本件考案が「マグネツトとヨークの一体複合に際しての位置確保と着磁力強化を図る」ために採用した前示本件考案の構成(一)のうち、「非磁性体から成るハトメ、鋲、ビス等で一体複合構造となし」との点を除いた「コ形のヨーク内に板状マグネツトを抱き合せ、両者の密着面で突起と溝又は穴を雌雄係合させてヨークに対するマグネツトの位置決を図る構成とすると共に、該位置決によりマグネツトとヨーク立上げ部との間に間隙を形成し」との点は、その構成、効果とも第一引用例によつて本願出願前すでに公知の技術であつたことが認められる。
原告の取消事由(2)(一)の主張は理由がない。
(二) そこで、本件考案の構成(一)のうち、マグネツトとヨークを「非磁性体からなるハトメ、鋲、ビス等で一体複合構造」とする点について検討する。
成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、蓋体の吸着片を吸着させるケース本体に設けられた磁石装置において、一対の磁性板の間に磁気間隙を形成するために板状のマグネツトを挟み込み、マグネツトと一対の磁性板をリベツトによつて結合した蓋体吸着用磁石装置が開示されており、その図面(別紙第三図面)第2図には、右磁石装置の断面図として、一対の磁性板8、8′によつてマグネツト7を挟持し、その各々に穿設された孔内に挿通されたリベツト9によりこれらを固定して一体構造としたものが図示されていることが認められる。そして、前示本件考案の構成(一)にいう「一体複合構造」については、本件明細書(前掲甲第二号証)中何も説明がないので、この点は前示の「一体構造」により第二引用例に示されているものと認めるのが相当である。
次に、成立に争いのない乙第五号証により認められる昭和三八年九月一日に制定され同月二日官報に告示された日本工業規格「ハトメおよびアイレツトリング」には、ハトメの種類として四種のハトメが挙げられ、このうち一般用ハトメ、機器用ハトメは、金属板等の硬質材を対象としその緊締固着用に使用されるものであること、ハトメの材料としてアルミニウム、黄銅、銅、軟鋼の四種が挙げられていることが認められ、このうち前三者が非磁性体であることは当事者間に争いがないのであるから、本願出願前から非磁性体からなるハトメが金属板等の硬質材の緊締固着用に普通に使用されていたことが明らかである。一方、成立に争いのない乙第七ないし第九号証によれば、本件考案と同じく磁石と磁性体のヨーク、継鉄とを非磁性体よりなるねじ等によつて物理的に直接一体複合化することが本願出願前周知の技術的手段であつたことが認められる。
したがつて、一対の磁性板によつてマグネツトを挟持し、その各々に穿設された孔内に挿通されたリベツトによりこれらを固定して一体構造とした磁石装置が開示されている第二引用例に接した当業者は、右リベツトとして非磁性体からなるものが使用されていることを自明のこととして認識するものと認められ、したがつて、非磁性体からなるハトメを使用することも実質的に第二引用例の技術手段の中に包含されるものと認められるから、審決がハトメ等の材質に明示的に触れず、「ハトメにより一体複合構造とすることも第二引用例によつて公知の技術事項と認められる。」と判断したことをもつて、審決を取り消すべき瑕疵ということはできない。
原告は、本件考案において非磁性体からなるハトメ等で一体複合構造とするのは着磁力の強化を行うものであり、このような非磁性体での固着をマグネツトに対して直接に行う技術は存在していない旨主張する(請求の原因四1(二))。しかし、前示周知技術においても本件考案と同じく着磁力強化の効果を生じることは、その構成を同じくする以上自明のことであり、原告の右主張は採用できない。
原告はまた、第二引用例のものの磁性板8、8′を本件考案の薄さ方向において磁束集中を図るためのコ形のヨークと同一視することはできない旨主張する。しかし、右磁性板8、8′が磁気間隙を形成する点において本件考案のヨークに相当することは明らかであるところ、右の磁束集中の点はすでに第一引用例に示されていること前叙のとおりであり、審決はこの点が第二引用例に示されている旨述べているものでなく、ヨークとマグネツトを「ハトメにより一体複合構造とすること」が第二引用例によつて公知である旨述べているにすぎないから、原告の右主張は理由がない。
原告が取消事由(2)(二)において主張するその余の点が理由のないことは、前叙説示に照らし明らかである。
(三) 以上のとおり、本件考案の構成(一)は、第一、第二引用例及び周知技術に示されており、これを本件明細書に示されている従来例Bのような着磁取付具に適用することは当業者がきわめて容易になしうる公知技術の転用にすぎないと認められ、本件全証拠によつてもこれを覆えすに足りる資料は見当たらないから、右と同旨に出た審決の判断に原告主張の誤りはない。
3 取消事由(3)について
(一) 成立に争いのない甲第五号証によると、第三引用例には、下部挟着板の接面に駐止突部を設けた紙ばさみ本体と、表面に磁石板その裏面に粘着剤層を有する磁石保持台板とにより構成された紙ばさみが示され、状況により磁石保持台板を省いて直接磁石板に粘着剤層を形成することもできる旨が記載されていることが認められる。すなわち、第三引用例には、磁石を他のものに粘着剤層によつて接着する際に、状況により磁石保持台板を介したり、また、これを省いて直接接着することが相互に互換性のある技術として示されていると認められる。
電話機配線用コネクタの取付けについても、前示本件明細書に示されている従来例A、Bのように取付ベースを介してコネクタを対象物に取付ける場合があり、また、対象物が木製のものである場合にコネクタ自体を取付ベースを介することなく直接ねじで締着することが本願出願前行われていたことは当事者間に争いがない事実であるから、電話機コネクタの取付けに係る技術分野において、状況により取付ベースを介したり、また、これを省いて直接取付けることがともに当業者によく知られていた慣用の技術手段であつたことが認められる。そして、この後者の場合、取付ベースを用いることにより生じるコスト高、嵩高となり美感を損う前示欠点を有しないことは明らかである。
そうとすれば、取付ベースを介することなくコネクタに着磁取付具を取付けて右の欠点を解消する構成とすることは、前示公知ないし慣用の技術手段に照らせば、当業者がきわめて容易に想到できる程度のことと認められ、そこに格別の考案力を要するものということはできない。
(二) 一方、成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一・二、同第三号証によれば、本願出願前すでに、発泡合成樹脂等よりなる弾性体の表裏両面に接着剤層を設けその上に剥離紙を貼着した両面接着シートは周知のものであり、これら弾力性ある両面接着シートが強度の接着力を有し緩衝作用を奏するものであることが示されていたことが認められる。したがつて、電話機配線用コネクタに着磁取付具を固定するに際し、右周知の両面接着テープの持つ強度の接着力と緩衝作用に着目して右の固定手段として用いることは、周知の両面接着テープの適用にすぎず、当業者がきわめて容易になしうることと認められる。
原告は、本件考案における両面接着シートと同効の接着強度を有するシートを見聞したことはない旨述べるが、本件考案に用いる「弾力性を有する両面接着シート」が前示周知のものと異なる新規の接着強度を有するシートであるのであれば、本件明細書においてこれに言及すべきであるのに、これにつき何ら言及するところがなく、その考案の詳細な説明の項の記載に徴しても、本件考案者が既存の「弾力性を有する両面接着シート」を用いること以上のことを考えていなかつたことは、前掲甲第二号証により明らかであるから、原告の右主張は到底採用できない。
(三) 右(一)(二)の事実によれば、本件考案の構成(二)は、第三引用例及び前示周知慣用の技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められる。そして、そうである以上、原告が取消事由(3)(三)で主張する効果は、取付ベースを用いることなく磁石とコネクタを弾力性を有する両面接着テープで直接取付けることから生じる効果として当然に予測できるものと認められる。
したがつて、本件考案の構成(二)につき、考案の存在を認めることはできないとした審決の判断は、結局正当であり、原告の取消事由(3)の主張は採用することができない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編註その一〕本件考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
コ形のヨーク内に板状マグネツトを抱き合せ、両者を非磁性体から成るハトメ、鋲、ビス等で一体複合構造となし、両者の密着面で突起と溝又は穴を雌雄係合させてヨークに対するマグネツトの位置決を図る構成とすると共に、該位置決によりマグネツトとヨーク立上げ部との間に間隙を形成し、更に上記ヨーク背面に弾力性を有する両面接着シートを貼り付けて成る電話機配線用コネクタの着磁取付具。(別紙第一図面第2ないし第5図参照)
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙 第一図面 本件明細書図面
第1図 従来例 第2ないし第5図 本件考案の実施例
<省略>
別紙第二図面第一引用例図面
<省略>
別紙第三図面第二引用例図面
<省略>